この厭世観たるや・・・

日々の所感を絵で書き連ねるブログです。

伊藤万理華生誕祭2016の思い出①<僕と万理華生誕>

僕と万理華生誕

僕は乃木坂46の中だと鈴木絢音を1番に推している。

しかしながら、僕が所属していたのは伊藤万理華生誕祭実行委員会(以下、万理華生誕)であった。

何故こんな捻じれがあったのか……その所以は1年前に遡る。

当時、僕は2015年の万理華生誕に加入していた。

好きなアイドルの誕生日を祝うためにわざわざ余暇を潰してまで全力を尽くすなんて、客観的にみればバカバカしいことこの上ないが、社会人になって同じ趣味をもつ仲間が集まり1つの目標に向かって力を合わせるなどという機会はあまりなく、非常に楽しい日々を送ったものであった。

まるで中高生の文化祭の準備のような日々――

まるで青春の焼き増しのような日々――

そんな熱気がたまらなかった。

本来であれば、2015年2月8日の伊藤万理華生誕祭を以って生誕祭実行委員会は解散して散り散りになるところであったが、生誕を通して培った友人たちとの仲はそのまま継続したのであった。

 

2015年5月には早くも翌年の万理華生誕が発足したが、僕はしばらく迷っていた。

2015年の万理華生誕後、僕は完全に鈴木絢音推しになっており、「1番推しているわけでもないメンバーの生誕組織に属して良いものかどうか……」と。

しかし、誰を推すかということを抜きにして、とにかく僕は2015年の万理華生誕を通じて出来た仲間が好きだった。

イベントがあろうがなかろうが、彼らと万理華の話をする機会が頻繁にあった僕は、「また万理華推しの仲間と集い、万理華の20歳の誕生日をお祝いしたい」という思いを日に日に強めていった。

そして、それが最高潮に達した時、ついに参加を決心したのであった。

 

生誕役員としての日々

2016年万理華生誕には、全体の流れや議事の円滑な進行を取り仕切るべく、委員長1人、副委員長2人、会計1人、書記1人からなる5人の役員がいた。

生誕ごとに異なるものの、基本的に生誕の役員は委員長のみ、もしくはせいぜい副委員長を据える程度というケースが多いことから、役員が5人もいたというのは他生誕に比べると珍しいかもしれない。

しかし、今回の万理華生誕では前年の反省を踏まえて委員長の負担軽減を図りたい思いや、より進行をスムーズにしたいという思いから上述の構成を組んだのであった。

 

僕は2016年万理華生誕において、書記の役に就いていた。

生誕をやるからには全力で取り組みたいという考えや、そもそも書き物が好きな性分であることが立候補の主な理由であった。

書記の主な仕事は、総会の議事録や都度必要な図表を作成してグループLINEに載せることで総会に参加できなかった人との情報共有を図ったり、生誕祭の装飾やセレモニーに関して企画を運営に稟議する書類を作成したりすることだった。

毎回個別握手会の2部終わりに開催される総会の議事録はその重要性からスピードを求められるし、一方でこのブログ内で上げている握手会レポ漫画用のメモも忘れないうちに残したかった僕にとって、握手会の日は休日とは言えないくらい忙しさに追われていた。

その分、議事録もレポ漫画も目を通した方からリアクションを貰えることが多大な喜びとなって報われたものであったが、イベントの度にそんな具合では当然他に手が回らなくなる。

そのため、当初併せて参加を検討していた鈴木絢音生誕への加入を見送り、万理華生誕一本に絞った経緯もあった。

<書記就任から生誕祭まで使っていたノート>

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全員参加での投票による議事進行

生誕は何ら特別な位置付けでもなく、ただのファンの集まりである以上、新規加入者にとって門戸の開かれた存在であるべきである。

そんな考えから、万理華生誕の議事はすべて生誕委員全員による投票で出来る限り民主的に進めていくことが決められていた。

これは新規加入者にとって少しでも当事者として関わりやすくしたいがため、絶対に譲れない規則であった。

しかし、それは進行側としては非常に手間で進めづらいものであった。

役員としての職務はこうしたみんなの意見の集約と調整が1番大変だったように思う。

何度も壁にぶち当たることがあったし、正直言って役員になったことを何度も後悔する場面があった。

 

(②へ続く)